なにか、いいこと Somethingood みとの日記

日々考えたことを綴っています。

「噛みきれない想い」鷲田清一 印象に残った文章たち。

「噛みきれない想い」鷲田清一 を読みました。

 

噛みきれない想い

噛みきれない想い

 

 きっかけは、

 

somethingood.hatenadiary.jp

 この本を読んでいた中で、以下の文章が引用されていて、なんだか感銘を受け、実際に読んでみようと思ったのでした。

 

何をするわけではないが、じっとそばにいるということがもつ力を評価することを、わたしたちの社会は忘れている。

 

この「待つ」ということ も読んだのですが、こちらは私には少々難解でした・・・

「待つ」ということ (角川選書)

「待つ」ということ (角川選書)

 

 

「噛みきれない想い」はエッセー風だったので読みやすかったです。

 

いろいろ、なるほどなぁと思わさせられる文章があり、

あまりにもいろいろあるので、引用することで感想に代えたいと思います。

その深澤さんは、ある著作のなかでとても大切なことを言っている。建築から番組制作まで、おざなりなデザインというのは、どこかひとを軽くあしらったところがある。「『こんなののでいい』と思いながら作られたものは、それを手にする人の存在を否定する」というのである。
そして、深澤さんはこう続ける。人間は「あなたは大切な存在で、生きている価値がある」というメッセージをいつも探し求めている生きものだ。だから、「これは大事に使わなければならない」と思わせるもの、あるいは逆に、「手にとった瞬間にモノを通じて自分が大事にされていることが感じられる」もの、それがよいデザインだというのである。

 

何をするわけではないが、じっとそばにいるということがもつ力を評価することを、わたしたちの社会は忘れている。たとえば昨今、いろんな機関で義務づけられている「評価制度」。そこでは、どんな計画を立て、それがどれほど達成されたかばかりが問われ、どれだけじっと待ったかとか、どれほどじっくり見守ったかなどということは、そもそも評価の対象とはならない。評価されるのはアクティヴなこと、つまり何をしたかという行動実績ばかり。パッシヴなこと、つまりあえて何もしないでひたすら待つという受動的なふるまいに着目されることは、およそない。
なかでも、教育やケア(子育てや介助・介護)は、その相手である一人ひとりの思いに濃やかに耳を傾けることからはじまり、また相手がいつの日かみずからの足で立つ、みずからを立てなおすのをじっと待つ、ということがとくに大きな意味をもついとなみである。が、それの「評価」にあたって、どれだけ耳を傾けたか、どれだけ辛抱づよく待ったかということがカウントされることはめったにない。

 

奇妙なことである。聞く気がないのに、「読んで」とせがむ。このとき、子どもはいったい何を求めていたのだろう。
たぶん、話の中身が重要なのではない。話の中身以上に、母親の声がじぶんに向けられているということが大事なのはないか。(中略)子どもはおそらく、じぶんが、いわば独占的に、母親の意識の宛先になっているという状況に浸っていたいのである。

 

「学校」という装置の耐用年数が、切れかかっているのかな、とおもう。
一日の同じ時間、同じ年齢の人間が閉じた空間にいる。教室では列をなして同じ方向を向いて座る。一時間、黙って「大人」の言葉を聴く。放課後、課外活動も集団でおこなう。学期ごとに身体検査を受ける……。それらにどんな意味があるのか、基から考えなおさなければならない時期にきているようにおもう。

 

ひとを選ぶことの不遜については、それを問うことをやめないでいるほうがいい。ひとを選ぶという態度は、結果として、じぶん自身を「ひとに選別される」存在として貶めることにつながる。じぶんはある条件を満たすかぎりでしかその存在が肯定されないということ、そして一つまちがったら別のひとに置き換えられるということ。「ひとを選ぶ」というのは、そういう場所にじぶんも立つことを認めるということなのである。

 

「だれか一人のひとの面倒を別の一人のひとがそっくりみるようには、人間はできていない」。それが最大の「無理」だと、わたしはおもう。子育ても介護も、社会のみながかかわるべきこと、みながそれぞれの立場からかかわっていかないとやりきれないことだということ、これが基本だとおもう。 

 

なかでも一番印象的だったのはこの箇所。

何をするわけではないが、じっとそばにいるということがもつ力を評価することを、わたしたちの社会は忘れている。

お金を稼いでいないとなんとなく肩身の狭い感じがする世の中。
でも、そこにいるというただそれだけで価値があるのだ、というものの見方は、私に力を与えてくれるような気がしました。