なにか、いいこと Somethingood みとの日記

日々考えたことを綴っています。

金銭的価値と存在価値とは別物だ。

今日、コンビニを通ったら時給950円だか何かでアルバイト募集の張り紙がしてあった。
なんとなく思った。
コンビニの店員さんって、今後はAIに代わられていくのかなあ。
だとしたらコンビニの店員さんって存在価値が低いんだろうか。
いや、でもその人の存在価値自体は、そんなこととは関係ないような・・・?

 

なんて考えていたら。
ふと腑に落ちたのです。
「金銭的価値と存在価値とは別物だ」って。

 

その人が稼げる額とか、持ってるお金の額。
たくさんあることと、
その人の存在価値とは別。
たくさん持っていたら価値の高い人かといえばそうではないし。
少なく持っていたら価値の低いひとかといえばそうではない。

 

自分にお金を稼ぐ能力や才能がある。家が金持ちだ。将棋が強い。だからお金を持っている。
こんなのは。「たまたま」だ。

例えば、同じスポーツ選手でも、野球選手の年俸と、わかんないけどもっとマイナーな競技(カーリング?)の年俸と比較して、
野球のほうが高いけど(というか、カーリングって多分年俸はないですね・・・)
だからといって、その両者の価値が違う(野球が上、カーリングが下)かというと、そんなことはない。
たまたま、野球のほうが、今の世の中で金銭的価値が高かった。
そして、たまたまその競技の才能に恵まれた。だけ。

 

だから、お金がなくていろいろと「困る」「自由度が低い」「できることが限られる」のは「事実」だけど、
お金がなくて「みじめ」「価値がない」というのは、別に「事実」ではない。
「みじめ」「価値がない」と、自分が思ったり思わなかったり、人から思われたり思われなかったりする。
思ったり・思わなかったり、という時点で別に「事実」ではない。

 

だから、その人の稼ぎ出す金銭的価値と、その人の存在価値とは、全くの別物なのだ。

だから、施す者と施される者とに、上下はないのだ。

 

・・・なーんて話、まあよく聞きます。
別に、私だって知識としては、そういう考え方があるんだってことは、知ってました。

 

でもなんていうんでしょうか。
例えば、昔、学校の勉強をしていて、解答例を読んでもどうしても理解ができなくて、
うーん、うーんと考えていると、ふっとあるとき、
「そっか!そうじゃん!なんで今までわかんなかったんだろう!?」
っていう瞬間がありました。
今日のはそれに似ていました。

 

解答例は知ってたけど、なんか腑に落ちなかった。
それが今日、腑に落ちた。

 

なんか、感動しました。

 

みんな命は等しく同じ価値をもつ。
なんか、宗教っぽいですかね。
でも宗教って、大事なこと言ってると思うんです。
どの宗教も似たようなこと言ってるし、だから結構人間が大切にすべき普遍的なことが言われている、のだろうと思っています。
だって、人間なんて、時代が変わっても、そんなに考えることは変わらないでしょう(笑)
ただ、教団になって、組織化すると、なーんか違うものになってしまいますが…
(なので、私は宗教っぽい話題が好きでありつつも、読書で知識を得るにとどめて、自分ひとりで楽しもうと思っております。)

 

この「フニオチ」を、このまま忘れないでいられたらな、と思います。