なにか、いいこと somethingoodの日記

日々考えたことを綴っています。

子どもには一番好きなものを買ってやりたいと思う、その理由。

子どもには一番好きなものを買ってやりたいと思うのです。

 

理由は、自分の幼少期に、本当に欲しいものをもらえなくて悲しい思いをしたからです。

 

あるクリスマス、私は「ジェニーちゃん」をサンタさんにお願いしていました。

ストレートヘアのジェニーちゃんがほしかったんです。多分、ストレートヘアのジェニーちゃんがデフォルトだったと思います。

それで、髪の毛をいろいろ編んだりして遊びたい、と思っていました。

 

ジェニー 目ヂカラアップジェニー

ジェニー 目ヂカラアップジェニー

 

 (イメージはこんな感じ)

 

そしたら、サンタさんは、ウェーブヘアのジェニーちゃんをくれました。

髪の毛が若干、普通のストレートヘアのジェニーちゃんよりも短くて、編みにくい。

ちょっと、思っていたのと違うな…と思ったのを覚えています。

まあ、これはサンタさんが私の願いを細かく理解していなかったのかもしれない。

 

そしてまたあるクリスマス、私は「おりひめ」というおもちゃの編み機をサンタさんにお願いしていました。こういう感じのやつ。

 

おりひめ

おりひめ

 

 

そしたら、サンタさんは、あんまりかわいくないこんな感じの無骨な編み機をくれました。

 

卓上手織機 (プラスチック)

卓上手織機 (プラスチック)

 

 (おかげさまで、その後家庭科で習った織物の三原組織の理解は容易でした…平織、綾織、朱子織)

 

その時の自分の気持ちは、正確には覚えていませんが、やっぱりちょっと悲しかったんじゃないかな。

一応、これを使って編んで遊んだりはしましたけどね。楽しかったですけどね。

 

もちろん、当時あまり裕福とは言えない家庭だったし、サンタさんこと親も、いろいろ考えて、それでも私のために、贈ってくれたプレゼントだったんだ、とは思います。

 

そうなんだけど。もちろんそれは、理解しているんだけど。

理解して親の気持ちを慮って、それは仕方なかったねって思うことと、

当時私が「かなしい」と思ったこととは別問題なのです。

 

当時私は「かなしい」って思って、でもせっかくサンタさんがくれたんだしな、これで満足しないといけないんだな、って思い聞かせていたような気もするのです。

(もしかすると親もそう言ったかもしれない。)

 

そして、なんとなくなんですが、「本当にほしいと思うものは手に入らない」「望みじゃないことにも満足しないといけない」と、幼児が自分に刻みつけてしまった、ような気もするのです。

幼児期のことなので、もちろんわからないんですが。

 

本当にほしいものをあげるか、又はあげないかの、2択のほうが、

本当にほしいものとは微妙に違うもので間に合わせるよりも、いいように思うんです。

 

とりあえず、私はそう思うので、そういう方針でうちはいきたいと思います。