なにか、いいこと somethingoodの日記

日々考えたことを綴っています。

なぜ私は幸せになりたいのか。それは、娘に幸せになってほしいから。

私は、自分を幸せにすることに興味があります。

なんというのか、昔から、そこはかとなく私は不幸せで、

「私なんかがいてごめんなさい」という思いで生きてきたように思うのです。

そして、「自分は何が好きなのかわからない」「何が楽しいのかわからない」「私の天職ってなんだろう」「こんな人生いやだ」「こんな自分もいやだ」「全部リセットしてやりたい」って思っています。

 

幸いにも、何かそれで病気を発症するには至っていないのですが、

どうもこういうのって不健康だなあと、これもまたそこはかとなく思っており、

それを解決すべく、自己啓発本とかを読んでしまうのでありました。

 

なんとなく、自己肯定感の薄い理由は、やっぱり子供の頃の環境にあるような気はしてるんですが、

別に罵倒されて暮らしてたってほどでもなく、

別に親も悪気があって私を自己肯定感のうすい子に育てたわけじゃないだろうし、だからなんとしても自力で自己肯定感を育もうと、いろいろ考えている今日このごろです。

 

それはもちろん、自分も幸せになりたいからなのですが、

もっと切実な理由があって、

やっぱり、自分の娘には、幸せになってもらいたいって思うんです。

私が幸せじゃないと、娘も幸せじゃなくなる。

だから私は、なんとしても幸せになりたいのです。

幸せになりたいっていうか、幸せ感の高い人になりたい。

 

どうも、自分の親も幸せ感が薄かったんじゃないかと思うのです。

この負の連鎖を断ち切りたい。

そんな思いで、今日アップした記事みたいな感じで、自己啓発本を読んでおります。

somethingood.hatenadiary.jp

 

 

ところで、私には、こういう人になりたい、という理想の友人がいます。

先日、Facebookに流れてきた昔の友人のコメントに、

「私、自分的には成功してるって思ってて、でも当時年収は400万で、父に苦笑されたことがある」ってあったんです。

その子は昔から、なんとなく幸せそうで、何があっても根幹がゆるがず幸せそうな雰囲気を持っている子でした。

周りのほうがいろいろと優れたところがあっても、それで無駄に自己卑下することもなく、ニュートラルな態度でいられるような子でした。

年収400万なのは、幼稚園の先生してたからあんまりお給料が高くはなかったのかなと推察するのですが、でもきっと、子どもが好きで、大好きな子どもに囲まれた好きな仕事ができている、生活も別に困ってない、なんて私は幸せで成功してるんだろうって思っていたのだろう、と思うのです。

(いろいろ想像が入ってますが)

でも、年収400万というのは、世間的に見たら「成功」とまでは言えないのかもしれないですよね。だからお父様は苦笑なされたのだと。

でも、友人的には超幸せだった。

 

なんか、このFacebookのコメント見て、本当に感心してしまって、

こういう人になりたいな、

周りからの評価じゃなくて、自分を自分の力で幸せにできるというか、

そのままの自分で幸せを感じられる力があるというか。

その力があれば、いつでも、どこでも、どんなときも、幸せでいられる。

いつかこういう人になりたいし、自分の娘にはぜひこういう人になってもらいたいって思います。