なにか、いいこと somethingoodの日記

日々考えたことを綴っています。

幸せになることの怖れを見つけた。。妹に勝つのも負けるのも嫌だという怖れ。

大木ゆきのさんのブログは、元気になるので好きです。

春分が近いということもあり、こんな記事がアップされていました。

ameblo.jp

 

 

成功し、豊かになり、幸せになり、自由になったら、どんなまずいことが起こると怖れているのか……。

目立つと嫉妬されると思っていたのか、
どうせ成功や幸せなんて長続きしないから、大きな失望を味わうくらいなら、成功なんてしない方がいいと思っていたのか、
今と違う自分になることは、人から愛されなくなることだと思っていたのか、
たくさんの人が寄ってくるようになり、かえって不自由になると思っていたのか、
新しいことをすることは失敗することだと思っていたのか、
豊かになることは堕落することだと思っていたのか、
……

あなたの成功したり、幸せになったりすることへの怖れって何ですか?
 

 で、考えてみた。

縛ってるものなんてなんにもないんだけどなあ…と前は思っていたんだけど、

今回はけっこうすんなり出てきた。

 

私は、地元に住む妹に嫌われたくない、と思っている。

妹の目を気にしている。(ただし、その目は私の妄想。)

 

妹は専業主婦なので、自分でお金は稼いでいない。そして地方に住んでいる。

一方私は一応仕事をしていて、首都圏に住んでいるので、金銭的には私のほうに軍配が上がる。

 

でも、地元なので両親が住んでいるし、私と違って子沢山だし、けっこう人気者なところもあるから子供の幼稚園のママ友ともとっても仲良さそうにしているし、地方だから生活コストにお金かからないし。

妹の持っているものには、いろいろいいところ・利点があるのだ。

私はそういう利点がないからなあ…

 

って!

冷静に考えると、なんかわざわざ妹の持つ利点に目を向けて、自分の幸せと妹の幸せを釣り合わせようとしているのだった!!!びっくり!!

 

もしも、私がお金ザクザク稼いで、友達にも恵まれて、キラキラ幸せな生活を送っていたとしたら、

妹に妬まれて嫌われるかもしれない。

もしくは話が合わないっていって距離を置かれるかもしれない。

だから…だから、妹の持つ利点を挙げて、我々の「幸せの総量」を釣り合わせようと、無意識にしていることに気づいた。

 

でも、別に妹にしてみればそんなこと、どうでもいいことかもしれない。

それは私にわかるわけがない。

 

さらに、この「幸せの総量」って、あくまで自分から見たものだから、

本当に釣り合ってるのかってことはわからない。

ということは、自分が幸せになるのを抑制してるんだとしたら、それは随分無意味なことだ。(妹のほうが何百倍も幸せかもしれないw)

 

それにそれに。

「釣り合わせよう」っていうことは、「上下のある世界」に自分が立っているということを意味する。

みんながゼロで、みんなが100の世界。

みんなが等しい世界。

優劣なんかない世界。

そういう世界にいかないと、いつまでたっても、この「釣り合わせよう」ということからは逃れられない。

 

この世界に生きている限り、多分、妹がこれでザクザク稼ぎだしたら、私のほうがキーッ!!ってなると思うw

そんなふうになりたくないよ。

 

それで、今気づいたけど!

「妹に嫌われたくない」、っていうのは、

嫌われるかもしれないから勝ちたくないということは、謙虚に見せかけて、

「負けたら終わり」だと思っていることの裏返しなのだ。

負けたら終わり、負けたらかわいそう、だから勝ってはいけない…

負けたらかわいそうってw何様だよw

と、今、我ながら思った。。。

 

ああ、私、「勝ちたくない」とか言って、「負けたくない」なんだなあ。

 

つまり、

・妹にとっての幸せと、私の幸せを比べることは不可能である。

・別に私が稼いだり幸せになったりしたって、妹は全然気にしないかもしれない。わからない。

・「上下のある世界」に住んでいる限り、勝ち負けから逃れられない。終わりがない。

・「勝ちたくない」は「負けたら終わり」「負けたくない」と思っていることと同じ。

 

という理由から、こんな世界からはトンズラすべきだという結論に至りました。

 

至りましたが、すぐには変われません(笑)

すぐには変われませんが、認識できたということが、克服の第一歩かなということで!!

 

ゆきのさんの「寝てる間に恐れを浄化する光」が効いたことを願って!!

(私、光は正直よくわからないんですよねえ…鈍感)