なにか、いいこと somethingoodの日記

日々考えたことを綴っています。

東日本大震災のときに私が思ったこと。「人生ひまつぶしだけんね。常にやりたいことばせんとあかん(しないといけない)」

 東日本大震災から6年ということで、その時に思ったことを書こうと思います。

 

私はその頃から、首都圏某所に住んではおりましたが、たまたまその日は出張で四国にいたので、揺れは体験しませんでした。

でも、帰れなくなった。

それでさらに一泊して、次の日の3月12日土曜日に帰ってきた。

 

そして、月曜日は確か待機指示が出たんだったっけな。

なんか製品の初回生産が迫っていて、それをどうするんだとか考えてたっけ。

そして出社が開始して、首都圏の電車は本数制限で大混雑。死ぬかと思ったし、いつ電車が止まって帰れなくなるかわからない状況で、怖かった。

なんでこんなときに電車で会社に行かなきゃいけないんだろう、とか、

原発がなんだか大変なことになっているのに、なにを自分はしたらいいんだろう、とか考えた。

余震も続いていた。

いわゆる被災地ではなかったけど、いろいろ怖かった。

被災地の人ほど大変じゃないだろうお前、って自分に言い聞かせるんだけど、でも怖かった。

テレビの津波の映像だって、原発の映像だって、あれ見てるだけで本当に心が縮んでいくようで。

 

そんな中、自分ができることといったら、

結局、仕事しか、することがなかったんです。

仕事というのは、その当時の私にとっての、いわゆる「日常」

農家ならきっと畑仕事しかすることがなかっただろう。

専業主婦なら、きっと家事しかすることがなかっただろう。

私は、働いていたので、結局勤め人としての仕事しかすることがなかった。

それしか、できなかった。

どんなに、明日はどうなるんだろう?って恐怖にさいなまれていたとしても。

結局、日常を過ごす、日常を過ごしていくことに尽力する、というのが、普通の人間にできることなんだなあ、と、本当に、心の底から思った。

 

そして、結局、人生なんていうのは暇つぶしなんだと思った。

なんか知らんけど生きているので、その時間を過ごすしかない。

その時間を過ごす、暇つぶしをする。

そのために、まあ今はたまたま私は仕事をしている。

 

そうするとだ。

暇つぶしって、やりたいことをやらないともったいないんじゃないか?ってその時思った。

今もそう思っている。

 

震災とは関係ないけど、そしてまだ熊本地震も起こる前だったけど、熊本に移住した方の手記で、熊本のある人がこう語ったという。

「人生ひまつぶしだけんね。常にやりたいことばせんとあかん(しないといけない)」

www.kininaru-k.jp

 

 

私は今、やりたいことで暇を潰せているのか。

東日本大震災が来るたびに、それを自分に問うている。