ナリ心理学が好きです。長年の「自信がない」に解を出してくれたこの記事。

私は自信がありません。

例えば、私は、某・旧帝大を卒業しています。

はたから見ればエリートだろうとは思いますが、自信や自己肯定感にとんと薄い人間です。

学歴があれば自信満々、というわけにはいかないのです。

むしろ、「こんな学歴があるのに、こんな程度にしか仕事できなくて、恥ずかしい」とか思うのです。不幸です。

 

なんか、生きにくいなあ…と思ってました。

大学時代に、就活を控えてた頃、社会に出るのが怖くて、ブラジルに行きました。

でもブラジルに行ってすら自信はつかず、

ということは、自信なんていくら準備したってつかないんだから、ええい出てしまえと思って社会に出ました。

「自信なんていくら準備したってつかない」というのは、正しかったと思いますが、

じゃあ社会に出て自信ついたのかというと、まあそこそこ仕事もしてきましたが、自信がついてきた、自信が増えてきた、とは思えませんでした。

 

それで、自分に自信がないのはなんでだろう、生きにくいのはなんでだろうと考えていました。

最初は、親のせいではないかと考えました。

親もある一定の高学歴だったので、別に勉強ができる娘をほめたりとかしてくれなかったのではないかと。

でも別に冷たくされてたわけはない。「また90点なの?そんなんじゃ認められないわ、次は100点よ!」とか言われてたわけでもない(笑)

「80点なの、ふーん」「100点なの、ふーん」みたいに、単にニュートラルなだけだったと思う。

確かに、馬鹿みたいに大げさにほめてはなかったと思うけど、

勉強できたくらいでいちいちほめないというのも、ある意味まっとうだったと思う。

 

特別親のせいってわけでもないとすると。

じゃあなんだ、この自信の無さは。

 

それで、心とか、スピリチュアルな世界に目が向いた。

(私は、大木ゆきのさんも好きです。ブログがなんか前向きだから。)

「あなたは存在するだけで価値がある。」

でもなかなかそれを頭から信じることができない。

けっこうそういう人は多いらしく、スピリチュアル・心系の活動をされている方のブログとか本とかは、いろいろ懇切丁寧に、存在するだけで価値があると思えるようなあの手この手を教えてくださる。

ナリ心理学も、この流れのなかで知った。

 

「あなたは存在するだけで価値がある。」と思ってみる。

心からは思えなくても、思ってみるだけで、なんかちょっと気が楽になった。

 

それで、最近この記事を読んだ。

 

k-nali.hatenablog.com

 

 

「正解」と「不正解」があると思うから、

そして「正解しよう」と思うから、

つまりは、間違えられないから、間違えたらダメだ!と思うから、

だから自信がないんだ、ということが書いてあった。

 

ほんとね…そのとおりだと思ったの!!!!

間違えていい、別に正解しなくていい、ならば、ぜんぜん怖くないから、「自信がある」って状態になるよね。

ああ、ほんとだ、そのとおりだ…ってすごく腑に落ちた。

 

こう合点して、それですぐに、

「正解しなくていい」とか、そもそも正解なんてないんだとか、

(ナリ心理学では、ジャッジをやめる)

すぐには思えないんだけど、

これを理解するのとしないのとでは、ちょっと気分が変わる。

 

人はすぐには変わらない。じわじわ、体に染み込ませていこう。