なにか、いいこと somethingoodの日記

日々考えたことを綴っています。

「自分を大切にする」ということに、やっと合点がいった話。

今朝、こんなツイートをしてみました。

 

ずっと、「自分を大切にする」ということに違和感を感じていたのです。

 

自分は、大切にしたほうがいいと思う。

でも、どう大切にするのが適切なんだろう、と考えていました。

 

「自分を大切にする」というのは、例えば、

「自分がやりたいようにやる」「自分が好きなようにする」「自分を甘やかす」とかかなあと思うんだけれども、なんか違う気がする。

 

さらにいえば、ただのわがままと「自分を大切にする」との違いは一体何なのか・・・と考えていました。

 

それで今朝ふと思ったのです。

「自分を大切にする」ということは、「自分のためになる」ことをするのだと。

もう少し言えば「自分がゴキゲンになるため」のことを自分にしてあげるのだと。

そして、これはワガママではないのだと。

 

決して、他の人をないがしろにして自分のやりたいようにするというのじゃなくて、

自分のやりたいことと、他の人の都合や要望とを考えて、

そこで折り合いをつけて、自分が一番ゴキゲンでいられそうな行動を選び取っていくことなのだなあと思ったのです。

 

例えば、なんかケーキがあったとして、自分はそれが食べたい。

でも食べたら家族に怒られる。なんで残しておかないのかと。

その時に、まあどうしてもどうしても食べたければ食べてもいい。

でも、家族に残しておいたらその家族も喜ぶかなあ、喜んだら私も嬉しいし楽しく過ごせるなあと思ったら、残しておいてもよい。

自分の要求を何が何でも押し通すのではなくて、自分の要求をわかった上で、「選ぶ」。

 

他人からの要求を満たすことだけを考えるのではなく、

自分の欲求を満たすことを常に最優先にするということでもなく、

ちゃんと、自分の欲求をわかってあげて、大人ですので他人からの要望もわかった上で、

ちゃんとその2つを同じ土俵に載せてあげて、そして、選ぶ。

そういう態度が、「自分を大切にする」ということの本懐なのではないかと思い至ったのです。

 

多分、「自分を大切にする」ことが必要な人の一番最初の段階は、

「自分の欲求を他人の要求と同じ土俵に載せる」ということができていないので、

その場合は、何が何でも自分の要求を押し通すみたいなことをすることが必要なんだと思う。

でもやっぱりそれが最優先でそれだけが大事ってことはなくて、

あくまで「自分の欲求を他人の要求と同じ土俵に載せる」ことが大事なのだ、と思いました。

 

要するに、「自分を大切にすることを許す。選択は自由。」ということかな。

 

ちょっとよくわからない感じになりましたが、私としては合点がいったというお話でした。

「ドッジボール理論」を手放すことにした。

ドッジボール理論」・・・

私の作った言葉です。なんじゃそれ、と思われるでしょう。

 

私は小さい頃、いや今も、いわゆる「運動音痴」です。

早生まれだったこともあって、小学生の時は、マラソンは後ろから数えたほうがはやい、徒競走は絶対にビリ、リレーの選手なんて夢のまた夢・・・みたいな子どもでした。

 

それが、1つだけ得意だったことがあったのです。

それが「ドッジボール」。

 

ただし、ボールを投げたりとったりするのは下手くそです。

何がうまかったかといえば、「逃げ方」だったのです。

 

ものすごい敏捷だったわけでもありません。

コツは2つ。

「みんなが逃げてるほうに行かない」「投げる人の方へ向かって走る」です。

要は、狙いにくい位置に行こうとすればいいわけですね。

 

このコツで、私はドッジボールでは、最後まで残ったりしていました。

なかなか当てることができない人物として、当てることに生きがいを感じている男子(たまにいるじゃないですか笑)の闘志を燃やす対象にされたりして。絶対おまえにあててやる!みたいな。

 

・・・それが多分、私にとってはものすごい成功体験で。

 

そこから編み出したのが「ドッジボール理論」です。

それは、「人気があるものには近づかない」だったのです。

そうすればオトクなことがある(ドッジボールで言えば、球に当たりにくい)。

もう少し噛み砕くと、

「思わずやってしまう(ドッジボールで団子に固まる、人気があるものに近づく)ことは、損である。冷静に考えて、得な方を選べば間違いない。」です。

 

それで、その後の人生でも、自分がこれやりたい!と思っていたことを、直前で変えるみたいなことがありました。

 

吹奏楽部に入った時、やりたい楽器があったんだけど、

その楽器のマウスピースより、別の楽器のマウスピースのほうが吹きやすかったから、吹きやすい方を選んだ。

 

大学院のときの研究テーマ、

教授のテーマのほうがやりたかったんだけど、そっちは人気があったから、

競争率の激しくないほうが大事にされるかなーと思って、助教授のテーマを選んだ。

 

結果、それが自分を幸せにしたのかというと・・・

まあ、すごーく不幸せ、だったわけではない。

でも、あのときこうしておけばよかったな・・・というような後悔が、やっぱりあるようなきがする。

その結果、例えば教授のテーマを選んでいればものすごくハッピーな研究生活だったのか?というと、それはわかんないです。

でも、あのときこうしていればなー、って思わなくて済むだけいい。

そして、教授のテーマやりたい!って言ったのに助教授のテーマに回されたとしても、

まあ、仕方ないな・・・って諦めもついたかもしれません。

 

私が、小さい頃に編み出した「ドッジボール理論」は、

実は、自分を幸せにすることには大して寄与していなかった可能性があります。

この「ドッジボール理論」という仮説の効果を検証することなく、この年まで来てしまいました。

仮説が正しいかどうかは、その仮説をたてて、本当かどうかを検証しなくては、わから無いのに。

私は、1回限りの成功体験をもとに、その仮説を握りしめて、今まで生きてきた。

 

そもそも、別に人生はドッジボールではないので(笑)

ドッジボールでは有効だった仮説も、人生においては役立たないことがあるなんてことは当たり前。

あれは、あのとき(小学生)、あの場所で(ドッジボールのコート)、あのルール(ドッジボール)で勝負したときに有効だっただけであって。

この30代も半ばを超えて、ドッジボールじゃない別のルールで動いてるこの社会で、そんなドッジボールの仮説が通用するわけがない!

 

ということにやっと気づきました。

もちろん、得な方を選ぶという選び方で、恩恵を被ったこともあるとは思います。

これからも、「得なほうを選ぶ」というやり方を使うことはあると思いますが、

「トクかどうかに関係なく、自分の好きな方を選ぶ」という選択肢を、これからは自分に与えていきたいと思います。

 

子どもには一番好きなものを買ってやりたいと思う、その理由。

子どもには一番好きなものを買ってやりたいと思うのです。

 

理由は、自分の幼少期に、本当に欲しいものをもらえなくて悲しい思いをしたからです。

 

あるクリスマス、私は「ジェニーちゃん」をサンタさんにお願いしていました。

ストレートヘアのジェニーちゃんがほしかったんです。多分、ストレートヘアのジェニーちゃんがデフォルトだったと思います。

それで、髪の毛をいろいろ編んだりして遊びたい、と思っていました。

 

ジェニー 目ヂカラアップジェニー

ジェニー 目ヂカラアップジェニー

 

 (イメージはこんな感じ)

 

そしたら、サンタさんは、ウェーブヘアのジェニーちゃんをくれました。

髪の毛が若干、普通のストレートヘアのジェニーちゃんよりも短くて、編みにくい。

ちょっと、思っていたのと違うな…と思ったのを覚えています。

まあ、これはサンタさんが私の願いを細かく理解していなかったのかもしれない。

 

そしてまたあるクリスマス、私は「おりひめ」というおもちゃの編み機をサンタさんにお願いしていました。こういう感じのやつ。

 

おりひめ

おりひめ

 

 

そしたら、サンタさんは、あんまりかわいくないこんな感じの無骨な編み機をくれました。

 

卓上手織機 (プラスチック)

卓上手織機 (プラスチック)

 

 (おかげさまで、その後家庭科で習った織物の三原組織の理解は容易でした…平織、綾織、朱子織)

 

その時の自分の気持ちは、正確には覚えていませんが、やっぱりちょっと悲しかったんじゃないかな。

一応、これを使って編んで遊んだりはしましたけどね。楽しかったですけどね。

 

もちろん、当時あまり裕福とは言えない家庭だったし、サンタさんこと親も、いろいろ考えて、それでも私のために、贈ってくれたプレゼントだったんだ、とは思います。

 

そうなんだけど。もちろんそれは、理解しているんだけど。

理解して親の気持ちを慮って、それは仕方なかったねって思うことと、

当時私が「かなしい」と思ったこととは別問題なのです。

 

当時私は「かなしい」って思って、でもせっかくサンタさんがくれたんだしな、これで満足しないといけないんだな、って思い聞かせていたような気もするのです。

(もしかすると親もそう言ったかもしれない。)

 

そして、なんとなくなんですが、「本当にほしいと思うものは手に入らない」「望みじゃないことにも満足しないといけない」と、幼児が自分に刻みつけてしまった、ような気もするのです。

幼児期のことなので、もちろんわからないんですが。

 

本当にほしいものをあげるか、又はあげないかの、2択のほうが、

本当にほしいものとは微妙に違うもので間に合わせるよりも、いいように思うんです。

 

とりあえず、私はそう思うので、そういう方針でうちはいきたいと思います。

 

人に会いに行くチャレンジ第2弾:本の著者(城ノ石ゆかりさん)に会いに行く!「考えるな、感じろ」と言われた。

 人に会いに行くチャレンジ第1弾は以下の記事。

somethingood.hatenadiary.jp

 

実は、この第2弾のほうが時系列的には先なんですが、記事は後になってしまいました。

 

この本を買って、読んだところ、非常にいい考え方だなという感想を持ちました。 

未処理の感情に気付けば、問題の8割は解決する

未処理の感情に気付けば、問題の8割は解決する

 

 

 その読みさしのところで書いたのがこの記事です。これから面白くなってくるかも…!という期待が書かれています。

somethingood.hatenadiary.jp

 

その後、読みまして。

これはいい、と思いました。

この本は、感情のしくみ・未処理の感情について解説した本です。

以下のサイトに詳しいかと思うのですが・・・

4ness.com

 

A:出来事

によって、

C:感情、行動

が直結して引き起こされていると普通は信じているけれども、

その間には

B:信念、信条

が介在していて、

そのBがどのようなものなのかによって、

それによって引き起こされるCが違う

 

というのが基本的な考え方。

例えば、

A:友達からメールの返事が来ない

ときに、

B:が、「返事するのは当然でしょ?」だったら、

C:は「1日イライラして過ごす」になるし、

B:が「忙しいのかなあ」だったら、

C:は「気にせず普通に過ごす」になる。

という感じです。

 

それで、Cであるところの実際の現実が、望まないものである場合は、

それを引き起こしているBはなんだろう、って、自分の持っているBを見つけていき、それを緩めていくと、

その望まない現実が、望む現実に変わっていきますよ、というお話なのです。

 

どこかで聞いたような話な気もするし、話としては「なるほどなー」って感じだと思うのです、正直。

でも、じゃあ自分がどうやったらいいのか?というところになると・・・

皆目わからん。

 

ということで、4nessコーピングのサイトを調べたら、

なんと著者の城ノ石ゆかりさんが、単発の講座をなさるということがわかり・・・

 

行ってみたのです!

 

そして、やっぱり・・・

行ってよかった!のであります。

やっぱりですね、本やネットでその人が書いたものを読むことで伝わるものと、

その方が実際にお話されたものを実際にその場で聞くことで伝わるものって、

ちょっと違ってくると思うんです。

ゆかりさんの、けっこうざっくばらんな雰囲気も素敵で。

 

さらに言えば、その場に集まった方々や、その「場」も素敵だった。

この後、マンガも買ったのですが、

自分のBを見つけたい、自分の人生なんとかしたい、っていう方々が集まって、

自分を分析したり、他の方の話を聞いて自分が気付かされたり、という「場」が形成されて、それが学びを促進させるようです。

「場」が素敵とか、実際行ってみないとわかんないですからね。

ゆかりさんも素敵でしたが、多分他の講師の方の講座も素敵なんじゃないかなと思いました。

なにせみなさん、ゆかりさんに惹かれてきた方々なのだと思うので。

 

マンガでわかる 仕事もプライベートもうまくいく 感情のしくみ

マンガでわかる 仕事もプライベートもうまくいく 感情のしくみ

 

 

さらに、講座のあとに懇親会があって、ゆかりさん始め参加者の方々と飲みに行き、

これが、日頃家と会社という世界でしか生きてない私には、とても楽しかった。

 

そこでゆかりさんに言われたこと。

「考えるな、感じろ」です!!(笑)

 

実際に私を見て、私の話を聞いて出てきたお言葉なので、そうなんだろうなと思います!

考え過ぎで、自分の好きなこととか自分が求めてることとかがわからない状態になっている、と看破されたようです。

 

というわけで、「考えるな、感じろ」。

最近の私のテーマなのであります。

 

4nessコーピングの講座には、参加したいなと思ったのですが、

やっぱり平日夜に定期的に家を開ける(具体的には、保育園のお迎えとその後の仕事を夫にやってもらう)というのはなかなか難しい感じで、

通信講座をやってみようかなあ・・・と思っているところです。

人に会いに行くチャレンジ第1弾:姫姉様に会いに行く!

前に、A1理論さんから、このようなブコメをいただいたことがあります。

 

ストレングス・ファインダー2.0を使って自己分析をしてみた。調和性・公平性 ・適応性 ・共感性 ・内省 - somethingoodの日記

誰とでも、どんな仕事でも適応できそうな資質なので、仕事ではなく、人で選んでも良さそうですね〜。本やサイトで気になった人に会いに行ってもいいかもでせ!!

2017/08/07 18:57


誰とでも、どんな仕事でも適応できそうな資質なので、仕事ではなく、人で選んでも良さそうですね〜。本やサイトで気になった人に会いに行ってもいいかもでせ!! - A1rironのコメント / はてなブックマーク

 

なるほどなあと思って、なにか行動してみたいなと思っていたところ、

姫姉様こと堀井みきさんが、講演会をするという記事を読み、

minimote.hateblo.jp

これ、行ってみよう!と思い立ったのでした。

 

そして、そのときは全然知らなかったのですがA1理論さんもいらっしゃっていたという・・・あらー

okite.hatenadiary.jp

 

感想ですが、やっぱり、行ってよかった。

最後の帰り際に、「idコールのやり方を以前に教えていただいた者です。ありがとうございました」と堀井さんに伝えられることができたのですが、さすがにそんな出来事絶対忘れておられると思っていたのに、覚えていただいていて、とても嬉しかったです。

堀井さん、優しい言葉をかけていただいて、本当にありがとうございました!

 

そして、個性で食べておられるブロガーのお二人の話も、とてもおもしろかった。

お二人は、トライ&エラー&トライを自然にやっていくことのできる方なんだなあというのを実感しました。

(そういうのを「最上志向」って言うのかしら。)

 

そして、そのトライをブログでやってこられて、エラーがあって、それを糧にトライするということによって、今のお二人があるのだということ、

そのトライの場として、「ブログ」はとても可能性のある場である、ということがよく分かりました。

 

まず最初の「トライ」がすごく大事で、

でもそれだけだとそれで終わってしまうから、

その後の「エラー&トライ」の部分がすごく大事なんだよなあって、

当たり前かもしれないけど、そのあたり前のことが、実際にお話を聞くことによってよりよく腑に落ちました。

 

やっぱり、実際に話を聞くって大事。

このトライがそれだけで終わらず、これを糧にした「エラー&トライ」をやってみたいなあと思いました。

ブログにしても、日々の生活にしても。

 

堀井みきさん、中川龍さん、お疲れ様でした。ありがとうございました。

なぜ私は幸せになりたいのか。それは、娘に幸せになってほしいから。

私は、自分を幸せにすることに興味があります。

なんというのか、昔から、そこはかとなく私は不幸せで、

「私なんかがいてごめんなさい」という思いで生きてきたように思うのです。

そして、「自分は何が好きなのかわからない」「何が楽しいのかわからない」「私の天職ってなんだろう」「こんな人生いやだ」「こんな自分もいやだ」「全部リセットしてやりたい」って思っています。

 

幸いにも、何かそれで病気を発症するには至っていないのですが、

どうもこういうのって不健康だなあと、これもまたそこはかとなく思っており、

それを解決すべく、自己啓発本とかを読んでしまうのでありました。

 

なんとなく、自己肯定感の薄い理由は、やっぱり子供の頃の環境にあるような気はしてるんですが、

別に罵倒されて暮らしてたってほどでもなく、

別に親も悪気があって私を自己肯定感のうすい子に育てたわけじゃないだろうし、だからなんとしても自力で自己肯定感を育もうと、いろいろ考えている今日このごろです。

 

それはもちろん、自分も幸せになりたいからなのですが、

もっと切実な理由があって、

やっぱり、自分の娘には、幸せになってもらいたいって思うんです。

私が幸せじゃないと、娘も幸せじゃなくなる。

だから私は、なんとしても幸せになりたいのです。

幸せになりたいっていうか、幸せ感の高い人になりたい。

 

どうも、自分の親も幸せ感が薄かったんじゃないかと思うのです。

この負の連鎖を断ち切りたい。

そんな思いで、今日アップした記事みたいな感じで、自己啓発本を読んでおります。

somethingood.hatenadiary.jp

 

 

ところで、私には、こういう人になりたい、という理想の友人がいます。

先日、Facebookに流れてきた昔の友人のコメントに、

「私、自分的には成功してるって思ってて、でも当時年収は400万で、父に苦笑されたことがある」ってあったんです。

その子は昔から、なんとなく幸せそうで、何があっても根幹がゆるがず幸せそうな雰囲気を持っている子でした。

周りのほうがいろいろと優れたところがあっても、それで無駄に自己卑下することもなく、ニュートラルな態度でいられるような子でした。

年収400万なのは、幼稚園の先生してたからあんまりお給料が高くはなかったのかなと推察するのですが、でもきっと、子どもが好きで、大好きな子どもに囲まれた好きな仕事ができている、生活も別に困ってない、なんて私は幸せで成功してるんだろうって思っていたのだろう、と思うのです。

(いろいろ想像が入ってますが)

でも、年収400万というのは、世間的に見たら「成功」とまでは言えないのかもしれないですよね。だからお父様は苦笑なされたのだと。

でも、友人的には超幸せだった。

 

なんか、このFacebookのコメント見て、本当に感心してしまって、

こういう人になりたいな、

周りからの評価じゃなくて、自分を自分の力で幸せにできるというか、

そのままの自分で幸せを感じられる力があるというか。

その力があれば、いつでも、どこでも、どんなときも、幸せでいられる。

いつかこういう人になりたいし、自分の娘にはぜひこういう人になってもらいたいって思います。

 

「自分を好きになろう うつな私をごきげんに変えた7つのスイッチ」を読みました。そして早速実践してみたら今日一日快適だった話。

岡映里さんのブログを愛読しておりまして、

www.okimhome.com

 

ブログの内容がなんだか結構、なるほどなあと共感する部分が多かったので、

本を購入して読んでみました。

 

 この本で紹介されている、「うつな私をごきげんに変えた7つのスイッチ」は、

多分どこかで見聞きしたことのある内容ではあります。

できる範囲で、まずは掃除をしてみる、とか。

 

でも、これは岡さんが、いろいろな自己啓発本を読みまくって、それを試してみたそのルポでありまして、

すごく、なんというのかなあ、「私もやってみようかな!」と思えるような書き方になっていました。

 

なので、私もやってみました。

「私はツイてる」「私は私が大好き」と、ことあるごとにつぶやいてみたのです。今日一日。

 

「私はツイてる」「私は私が大好き」とつぶやいていると、

そのうち、心があたたかくなって涙が自然と溢れてきたり、

「本当の自分」(インナーチャイルドって呼ばれているものかもしれません)のようなものが発見されたりするようでして、

私はこの、本当の自分に会いたくて仕方ないので、試してみました。

 

そうしますと、涙とか「本当の自分」とかにはまだ出会えなかったんですが、

今日一日、いつもとおなじ仕事をしていたにも関わらず、なんだかちっとも疲れてないことに気づいたのです…!

 

私、仕事で集中力が切れると、Yahooニュースで悲しいニュース見てしまったり、あとはなんか知り合いで成功してる人のこと考えて、私はああはなれないよなあって悲しくなったり、なんでこんな仕事してるんだろうとか思ったり、要は余計なことを考えていたんですね。

それをですね、今日はもう、なんか浮かんできたら「私はツイてる、私は大好き」ってつぶやいて過ごしたわけです。

 

ポジティブな言葉をかけるわけなので、無駄なエネルギーを使うこともなく、むしろ自分を元気づけてくれていたのかもしれないなと思いました。

 

ということで、私もまだ実践中ではあるのですが、

自己啓発本を読んだけど、読むだけで終わってるという方には、実践するきっかけをくれるという意味で、この本はおすすめです。