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当たり前のことばかりだけど、シンプルにまとまっていてよかった。「自分史上最高の幸せを呼びこむ方法」鈴木真奈美

心のこと

鈴木真奈美さんの「自分史上最高の幸せを呼びこむ方法」という本を読みました。

ブックオフにふらっと行ったときに見つけて、108円という破格の値段で売られていたので、つい買ってしまった。 

自分史上最高の幸せを呼びこむ方法

自分史上最高の幸せを呼びこむ方法

 

 

f:id:somethingood:20170321170934j:image

 

多分、スピリチュアルとか心関係の本という意味では、そんなに特別なことは書いてなかった。

でも、だからこそ読みやすかった。

一番こころに響いたのは以下の部分。

「なぜ自分への感謝が大切なのか」

あなたの中には、たくさんの命が眠っています。

あなたに感謝するということは、あなたの中に眠る、たくさんのご先祖様への感謝でもあり、あなたに命を捧げてくれた動物・植物・果物への感謝にもつながります。

あなたを大切にすれば、その命たちがはたらいてくれるのです。

 

なんで自分を大切にすることが必要なのか、について、先日の真穂さんのブログも合わせてより腑に落ちた。

(というか!今そのリンク先貼ろうと思ったら、真穂さんのブログに感銘を受けた話の記事が消えている!なんでだろう、真穂さんにスターつけてもらってすっごいすっごい!嬉しかったのに…あうー

ちなみに、感銘を受けた真穂さんの記事はこれです。

santasantasan.hatenablog.com

 

私は、心について問題があって、それを扱う場合、それが医学的アプローチであろうが、スピリチュアル的アプローチであろうが、結局

・人間は、今のまま、ありのままでで価値があることを知ろう。

・そのために、自分を大切にしよう

ということを腑に落とすことが大事なのだと思う。

最近話題のマンガ「うつヌケ」にも、作者がうつになったのは、自分を嫌いになったからだと書いてありました。

 

うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち

うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち

 

 

結局、心という同じものを扱っているのだから、医学も心理学もスピリチュアルも、同じことになってくるのだなと思います。

その、自分には価値がある、自分を大切にするというところに至るために、

医者がいうことが響くならそれを採用し、宇宙と交信できる人ならそのほうが早いだろうし、ということだと思っています。

 

私は、宇宙はよくわからないし交信もできないけど、

まあなんかこの世界には人知を超えた神様がいる、ような気がする、だからスピリチュアルもきっとそうなんだろうな、というスタンスです。

 

なんかよくわかんない感じになりましたが、この辺で。

幸せになることの怖れを見つけた。。妹に勝つのも負けるのも嫌だという怖れ。

心のこと

大木ゆきのさんのブログは、元気になるので好きです。

春分が近いということもあり、こんな記事がアップされていました。

ameblo.jp

 

 

成功し、豊かになり、幸せになり、自由になったら、どんなまずいことが起こると怖れているのか……。

目立つと嫉妬されると思っていたのか、
どうせ成功や幸せなんて長続きしないから、大きな失望を味わうくらいなら、成功なんてしない方がいいと思っていたのか、
今と違う自分になることは、人から愛されなくなることだと思っていたのか、
たくさんの人が寄ってくるようになり、かえって不自由になると思っていたのか、
新しいことをすることは失敗することだと思っていたのか、
豊かになることは堕落することだと思っていたのか、
……

あなたの成功したり、幸せになったりすることへの怖れって何ですか?
 

 で、考えてみた。

縛ってるものなんてなんにもないんだけどなあ…と前は思っていたんだけど、

今回はけっこうすんなり出てきた。

 

私は、地元に住む妹に嫌われたくない、と思っている。

妹の目を気にしている。(ただし、その目は私の妄想。)

 

妹は専業主婦なので、自分でお金は稼いでいない。そして地方に住んでいる。

一方私は一応仕事をしていて、首都圏に住んでいるので、金銭的には私のほうに軍配が上がる。

 

でも、地元なので両親が住んでいるし、私と違って子沢山だし、けっこう人気者なところもあるから子供の幼稚園のママ友ともとっても仲良さそうにしているし、地方だから生活コストにお金かからないし。

妹の持っているものには、いろいろいいところ・利点があるのだ。

私はそういう利点がないからなあ…

 

って!

冷静に考えると、なんかわざわざ妹の持つ利点に目を向けて、自分の幸せと妹の幸せを釣り合わせようとしているのだった!!!びっくり!!

 

もしも、私がお金ザクザク稼いで、友達にも恵まれて、キラキラ幸せな生活を送っていたとしたら、

妹に妬まれて嫌われるかもしれない。

もしくは話が合わないっていって距離を置かれるかもしれない。

だから…だから、妹の持つ利点を挙げて、我々の「幸せの総量」を釣り合わせようと、無意識にしていることに気づいた。

 

でも、別に妹にしてみればそんなこと、どうでもいいことかもしれない。

それは私にわかるわけがない。

 

さらに、この「幸せの総量」って、あくまで自分から見たものだから、

本当に釣り合ってるのかってことはわからない。

ということは、自分が幸せになるのを抑制してるんだとしたら、それは随分無意味なことだ。(妹のほうが何百倍も幸せかもしれないw)

 

それにそれに。

「釣り合わせよう」っていうことは、「上下のある世界」に自分が立っているということを意味する。

みんながゼロで、みんなが100の世界。

みんなが等しい世界。

優劣なんかない世界。

そういう世界にいかないと、いつまでたっても、この「釣り合わせよう」ということからは逃れられない。

 

この世界に生きている限り、多分、妹がこれでザクザク稼ぎだしたら、私のほうがキーッ!!ってなると思うw

そんなふうになりたくないよ。

 

それで、今気づいたけど!

「妹に嫌われたくない」、っていうのは、

嫌われるかもしれないから勝ちたくないということは、謙虚に見せかけて、

「負けたら終わり」だと思っていることの裏返しなのだ。

負けたら終わり、負けたらかわいそう、だから勝ってはいけない…

負けたらかわいそうってw何様だよw

と、今、我ながら思った。。。

 

ああ、私、「勝ちたくない」とか言って、「負けたくない」なんだなあ。

 

つまり、

・妹にとっての幸せと、私の幸せを比べることは不可能である。

・別に私が稼いだり幸せになったりしたって、妹は全然気にしないかもしれない。わからない。

・「上下のある世界」に住んでいる限り、勝ち負けから逃れられない。終わりがない。

・「勝ちたくない」は「負けたら終わり」「負けたくない」と思っていることと同じ。

 

という理由から、こんな世界からはトンズラすべきだという結論に至りました。

 

至りましたが、すぐには変われません(笑)

すぐには変われませんが、認識できたということが、克服の第一歩かなということで!!

 

ゆきのさんの「寝てる間に恐れを浄化する光」が効いたことを願って!!

(私、光は正直よくわからないんですよねえ…鈍感)

今すぐ願いが叶うワークをやってみた

最近読者になった、カオリさんとおっしゃる方のブログ経由で、

藤本さきこさんの、今すぐ願いが叶うワークというものを知った。


とりあえず、やってみた。
なんか、私ってなんてネガティヴなのかしら、としか思えなかったけど…
まあとりあえずやってみたということで!!

1 女性である
2 仕事がある
3 夫がいる
4 かわいい娘がいる
5 帰れる実家がある
6 分かってくれる母親がいる
7 おもしろい妹がいる
8 不思議な父親がいる
9 大学院卒
10 農学部
11 英語が話せない
12 人見知りする
13 だいぶ引っ込み思案
14 石橋を叩いて渡らない
15 前もって準備する
16 人の悪口を言わない
17 自信がない
18 人に迷惑をかけるのが苦手
19 心配性
20 新しい環境に慣れるのに時間がかかる
21 年収が下がり続けている
22 在宅でできる仕事をしている
23 歩合制で仕事をしている
24 将来の保証が少ない
25 夫は安定した収入を得ている
26 料理が下手
27 生活に興味がある
28 家庭科に興味がある
29 自給自足に興味がある
30 某士業の資格がある
31 嫌われたくない
32 責任とりたくない
33 締め切りを守る
34 やせている
35 仕事が好きじゃない
36 自分のこともそんなに好きじゃない
37 何が自分の強みかわからない
38 自己啓発の本とかブログををよく読む
39 風通しのいい職場にいる
40 幸せ感が少ない
41 自分は無能だと感じる
42 よく寝ないと生きていけない
43 人と会うと疲れる
44 占いに頼りたくなる
45 ブログが続かない
46 ブログをやっている
47 狭い家に住んでいる
48 白髪が多い
49 髪が多い
50 くせ毛
51 イライラすると子どもにあたることがある
52 お金が持続的に欲しい
53 何もしなくてもお金が欲しい
54 背が高いほう
55 運動が嫌い
56 春が好き
57 冬動けなくなる
58 猫が好き
59 成績が良かった
60 リーダーになるのが嫌でしょうがない
61 手先が器用
62 面倒くさがり
63 夫が器用でいろいろ作る
64 図工や手芸、折り紙が好きだった
65 天草大好きだった
66 要領がよくない
67 瞬発力がない
68 答案はちゃんと見直す
69 ミスが少ない
70 友達が少ない
71 趣味は家の片付けくらい
72 家庭菜園をしている人に憧れる
73 嫌いな人があんまりいない
74 好き嫌いがあまりない
75 プライドが高いとおもう
76 素直
77 管楽器が吹ける
78 やりたいことがあまりない
79 やりたくないことがたくさんある
80 和服が似合う風貌をしている
81 ちゃんとした感じ
82 人と目をあまり合わせない
83 ワンピースが似合う
84 かっこいいと言われる
85 映画を見る目があると妹に言われた
86 商売のセンスが皆無
87 難しいことをなんとか理解しようとする
88 あまり論理的でないのに人からは論理的だと言われる
89 腹巻が好き
90 不妊
91 のんびりしたい
92 通信講座でちゃんと勉強できる
93 首都圏に住んでいる
94 もっと田舎に住みたい
95 好かれたい
96 そんなに運は悪くないと思ってきた
97 自分の人生が全て間違ってたんじゃないかと思う
98 いつも全てを投げ出したい
99 鉄道旅行が好き
100 幸せになるぞ!


東日本大震災のときに私が思ったこと。「人生ひまつぶしだけんね。常にやりたいことばせんとあかん(しないといけない)」

 東日本大震災から6年ということで、その時に思ったことを書こうと思います。

 

私はその頃から、首都圏某所に住んではおりましたが、たまたまその日は出張で四国にいたので、揺れは体験しませんでした。

でも、帰れなくなった。

それでさらに一泊して、次の日の3月12日土曜日に帰ってきた。

 

そして、月曜日は確か待機指示が出たんだったっけな。

なんか製品の初回生産が迫っていて、それをどうするんだとか考えてたっけ。

そして出社が開始して、首都圏の電車は本数制限で大混雑。死ぬかと思ったし、いつ電車が止まって帰れなくなるかわからない状況で、怖かった。

なんでこんなときに電車で会社に行かなきゃいけないんだろう、とか、

原発がなんだか大変なことになっているのに、なにを自分はしたらいいんだろう、とか考えた。

余震も続いていた。

いわゆる被災地ではなかったけど、いろいろ怖かった。

被災地の人ほど大変じゃないだろうお前、って自分に言い聞かせるんだけど、でも怖かった。

テレビの津波の映像だって、原発の映像だって、あれ見てるだけで本当に心が縮んでいくようで。

 

そんな中、自分ができることといったら、

結局、仕事しか、することがなかったんです。

仕事というのは、その当時の私にとっての、いわゆる「日常」

農家ならきっと畑仕事しかすることがなかっただろう。

専業主婦なら、きっと家事しかすることがなかっただろう。

私は、働いていたので、結局勤め人としての仕事しかすることがなかった。

それしか、できなかった。

どんなに、明日はどうなるんだろう?って恐怖にさいなまれていたとしても。

結局、日常を過ごす、日常を過ごしていくことに尽力する、というのが、普通の人間にできることなんだなあ、と、本当に、心の底から思った。

 

そして、結局、人生なんていうのは暇つぶしなんだと思った。

なんか知らんけど生きているので、その時間を過ごすしかない。

その時間を過ごす、暇つぶしをする。

そのために、まあ今はたまたま私は仕事をしている。

 

そうするとだ。

暇つぶしって、やりたいことをやらないともったいないんじゃないか?ってその時思った。

今もそう思っている。

 

震災とは関係ないけど、そしてまだ熊本地震も起こる前だったけど、熊本に移住した方の手記で、熊本のある人がこう語ったという。

「人生ひまつぶしだけんね。常にやりたいことばせんとあかん(しないといけない)」

www.kininaru-k.jp

 

 

私は今、やりたいことで暇を潰せているのか。

東日本大震災が来るたびに、それを自分に問うている。

自分が変われば世界が変わる 「トップ1%に上り詰めたいなら、20代は“残業"するな」

夫が妙にすすめるので、「トップ1%に上り詰めたいなら、20代は“残業"するな」この本を読んでいる。 

トップ1%に上り詰めたいなら、20代は“残業

トップ1%に上り詰めたいなら、20代は“残業"するな

 

 そしたら、しょっぱなにこういう章があった。

「01 世界は厳しくもないし、残酷でもない」

その理由1:

「世界は残酷で厳しい」と吹いて回る人は、そのように脅すことで自分の主張に対して耳を傾けてくれると考えているからです。

その理由2:

「世界は残酷で厳しい」と吹いて回る人本人が、残酷で厳しい人であるために、周囲の人も残酷で厳しくならざるをえないということです。

 心に響いたのはこの、理由2です。

「世界は残酷で厳しい」と考える人は、周りに対しても「残酷で厳し」く接している。だから「残酷で厳しい」人たちが集まってくる。

これを変えるためには、

「世界を変える」などと考えずに、まず自分が変わればいいのです。

 

ナリ心理学で、自分が周りをジャッジしているから、周りからもジャッジされると思ってやりたいことできなくなる、っていう考え方を知ったんだけれども、

別に心関連でもスピリチュアルでもない本にも同じことが書いてあって、結構嬉しく思った。

(心関連・スピリチュアルって、ほんとにそうなの?ってやっぱりちょっと思うもので・・・)

 

やっぱり、ジャッジをやめるって大事だなと再認識した次第です。

自分が変われば、世界が変わる!

 

 

余談:ほんとはアマゾンアフィリエイトをやりたいんですけどね。設定できずにいます・・・(笑)

それは不妊なのか、それとも不純な動機が邪魔をしているのか。

昔、なかなか子供ができずにいたのです。

それは大企業に勤めていたときのことでした。

 

大企業だし働くママに優しいよねっと思って勤めていたけど、全然妊娠しない。

しかし、このまま妊娠しないんだったら、もうこの会社勤めていたくないんだけど!キーッ!

ってその時は思って、まあ年齢的なものもあって転職した。

 

そしたら、ほんとにすぐに妊娠した。。。

 

それで今。

二人目ほしいなと思っているけど、まだ。

 

まあ、一人目も苦戦したんだから、いわゆる単なる不妊症だよなあと思いつつも、

一人目妊娠したときと今とで共通点があることに最近気づいた。

 

妊娠して、仕事休みたいって思ってる、私・・・!

本音は、「仕事辞めたい」なわけです。

 

妊娠すれば、言っちゃ悪いけど合法的(?)に、誰にも文句言われずに、給料もらいながら、でも勤め人の仕事しなくていいじゃないですか。

自ら「辞める」という選択肢をわざわざとらなくても、自動的に仕事しなくて済む・・・

 

一人目を妊娠したときは、転職したてで、新しい仕事やりたい!っていう時期だった。

それで妊娠して、仕事を続けるために保育園を必死に探し回ったりして、あの頃はがんばったなあ(遠い目)。

今妊娠しても、あれほど必死になって保育園探したりしないかもなあ。

 

ほんとは、妊娠に関係なく、自分のやりたいこと(昔だったら転職したての仕事)を見つけて頑張っていくっていうのが、人生にとって健康的でもあるし、ついでに子宝にも恵まれるんだろうけれど。

 

子宝のために自分のやりたいこと見つけるってわけではないけど、

でも、あわよくばって感じで(笑)、やりたいことやって楽しく過ごしていきたいな。

なんだろう、やりたいこと・・・今は、仕事じゃない気がするんだよなあ。ぼんやり。

家庭科が好きだった。

家庭科

「家事」ではない、「家庭科」。

生活の中にあるさまざまなことを、学問として勉強するのが楽しかったのだ。

 

たとえば、家計管理なんて「経理」「財務」「会計」だし、

加工食品の裏とか見ればいろんな材料や、まあ言ってみれば化学物質の名前が書いてあるし、これは立派に「化学」。

洗濯だって、この繊維はこういう構造だからこういう機能がある、みたいなことは「化学」だし、洗濯って立派に界面活性剤使って汚れと親和させて落とすんだから、「有機化学」です。

 

そういった、日常の様々なことを科学的な目で見る、というのが好きだったのだ。

そうだ、ワクワクする。

 

だから、家政学部とか生活科学科に行けばよかったんだろうなあ…とつくづく思うのだけれども、

無駄に成績がよかったために、より偏差値が高いところって思って勉強を頑張っちゃって、結局農学部に行った。(一応、純粋な学問っていうよりは実学に近い。)

 

それでも、やっぱり家庭科がやりたい!と思って、就職してから日本女子大の通信課程で家庭科の教員免許を取得することにした。

www.jwu.ac.jp

レポート出して、試験受けに行って、夏休みはスクーリングに行って…

すごく楽しかった。

日頃お話できないような人たちと話ができたし、

スクーリングでやった被服の製作もほんとに楽しかったなあ。

それでちゃんと教員免許も取得して。

(ただし、高校のみです。もともと高校の理科と農業の教員免許を持っていて、それに科目を追加した形。)

 

なのに、今私は家庭科と関係ないことをやって日々過ごしている。

なんか、今思えば、日本女子大の通信課程をやることにしたのって、純粋な楽しみからきていて、それをやったらなんの得になるとかそういうこと一切度外視した判断だったので、

家庭科っていうのは私の中でかなり純粋な「やってみたいこと」なのではないか、と昨日思ったのだった。(昨日かよ!)

ああ、家庭科に関する何か、やってみたい!!!

 

なんだろう、何ならできるかな。

教員へ転職するっていうのは、ちょっと勇気がなく、いま在宅勤務できてフレキシブルな勤務形態なのは小さい子の子育てには合っているのでそれを変えるのもなんだし。

 

ちょっと考えてみようかな。